5.ヘルニアの保存治療
■保存的治療の概念
以下にヘルニアの病気の性質を述べてみます。
1)ヘルニアの痛みは ヘルニアが出す起炎物質による化学的刺激とヘルニアそのものの
圧迫による機械的刺激の両者に由来します。
とび出たばかりの急性期のヘルニアは化学的刺激による激しい痛みを発しますが、これは次第にヘルニア自体の機械的刺激による鈍い痛みに変化します。
すなわち急性期は小さいヘルニアでも激痛となる場合がありますが、その後ヘルニアの程度に応じて次第に改善に向かいます。
2)ヘルニアは大きさが変わる
急性期は油断すると更なる脱出が起こり大きくなります。 → 痛み増強
大きくなり終に靭帯を破ったヘルニアは、退縮に向かいます。 → 痛み改善
靭帯を破らなくても大きいヘルニアほど縮小する傾向がある。 → ゆっくり良くなる
3)分離脱出型ヘルニアや大きく移動したヘルニアについて
ヘルニアは靭帯を突き上げて膨隆し、大きくなると靭帯を破り脱出します。この靭帯を破り脱出したヘルニアは異物とみなされ、自己免疫機構が働いて白血球が貧食、消化され縮小します。これがヘルニアが手術なしで改善する一つの理由です。
4)お餅の赤ちゃんと同じように
ヘルニアは脱出したばかりの急性期は柔らかく、この時期(急性期)は腰に負荷がかかると動きやすい(増大する)ですが、次第に固まり安定します。安定するにつれて次第に炎症も収まり、痛みは軽減します。したがって大きくない軽度のヘルニアは安定すると寛解に至る事が多いと言えます。
5)小噴火を繰り返すもの
何回もぎっくり腰を繰り返すもの → 繰り返すがすぐ改善する
6)以上の性質から見るとこんなヘルニアは治りやすい!
○脊柱管が広くヘルニアが攻めてきても神経根が後方へ逃げられる
○分離脱出型ヘルニアや大きく移動したヘルニア → 退縮
○何回も痛みを繰り返す大きくないヘルニア → 小噴火
○ヘルニアが大きく熟しているが神経根の圧迫が強くない → 次第に良くなる
○小さなヘルニアで内圧が高くないもの
7)一方、こんなヘルニアは治りにくい!
○ヘルニアが大きくなく、まだ未熟であるのにすでに神経根の圧迫が強い
○脊柱管や脊柱管の外側(外側陥凹)が狭い場合
○中高年で狭窄症にヘルニアが合併したもの
○20歳以下の若年ヘルニア → ヘルニアの刺激性が高いから
○神経根に直撃した局所的、先の尖ったヘルニア
○神経障害性疼痛の体質がある → 痛みが過敏
8)ヘルニアが大きくて馬尾を強く圧迫し
小便の出がわるくなったものは緊急に手術しないと回復しません。
■個々の保存的治療について
1)薬物について
最近は痛みのメカニズム解明が進み、このメカニズムの中で効果を発揮する新しい痛み治療薬が複数開発され本邦でも使用可能となりました。単に鎮痛のために服用するのでなく、この新しい治療薬で痛みのメカニズムに介入することにより非常に腰痛病態の治療効果が上がるようになりました。薬の力で痛みを抑えることがその人の腰痛病態の回復力増強や精神状態の改善につながり、これが腰痛疾患保存治療の大きな武器となりました。
効果的な薬物療法により、手術が必要と思われた患者さんの痛みが大幅に軽減し、結局手術なしで改善に至るケースが多数出てきました。ヘルニアは本来治りやすい性質を持っていますので、強力な鎮痛により、ヘルニア本来の治りやすい性質が発揮されます。
簡単に薬物の特徴を述べます。
NSAID (消炎鎮痛剤): プレガバリン: デュロキセチン: トラマドール: ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液: |
治りやすいという性質を引き出します
2)ブロックについて
痛みのメカニズムの中で効果を発揮します。ヘルニアを安定させたり退縮させるような直接的な治療効果はありません。
急性期に行うと軽度のヘルニアの場合は非常に有効ですが、重篤な場合は無効か短時間の効果しか示しません。慢性期には一時的な効果だけですが、痛みの負の連鎖を断ちきる意味では役に立ち、運動療法や有効な内服薬と併用すると病態改善に効果的です。
硬膜外ブロック
仙骨ブロック
神経根ブロック
慢性期に行ってもほとんど意味なし
3)リハビリ、腰痛体操について
一般的には慢性期においてはリハビリ腰痛体操は有効だが急性期には殆ど意味がないとされています。
ヘルニアは急性期に腰痛体操、例えば腹筋動作などを行うと椎間板内圧を上昇させヘルニア増大を来たし症状憎悪を起こすことがあります。急性期におこなうことはほどんど意味がありません。
慢性期で、椎間板内圧が高くなく中等度の膨隆で安定化し、腰痛が慢性的に持続するような場合に腰痛体操の出番となります。その種目はヘルニアの状態に応じて適用される場合があります。
極めて有効な治療手段になる
4)鍼灸、カイロプラクティック
原因病巣に対して作用する力はないが、疼痛抑制機構を介して一時的に鎮痛を得ることができる。神経ブロックほど強い鎮痛力はないが、一時的に痛みを取ることによって改善に向かうことができる比較的軽度で、本来回復力がある病態には有効である。
■ヘルニア保存治療のまとめ
ヘルニアは本来回復力を有する疾患です。飛び出たばかりのヘルニアは強い痛みになりますが次第に腫瘤は収縮安定し痛みも改善の方向へ向かいます。また大きく突び出て靭帯を破ると強い下肢痛が出ますが、その後ヘルニアは退縮傾向となり次第に痛みも改善します。このような性質を理解し鎮痛に導くことが最大の保存的治療になります。
■注目される椎間板内薬物注入治療について
椎間板の基質を消化、融解する物質を椎間板内に注入し、ヘルニアを治療しようとする試みが行われてきました。低侵襲であるため、今後も期待される治療手段です。
パパイヤの実から抽出されたキモパパインが、1963年に開発され欧米を中心に治療が行われました。一応の治療成績が得られましたがアナフィラキシーショックが生じること、コラーゲン繊維をも分解されるため椎間板への負担が大きく、日本では未認証に終わりました。
昨年、新しい椎間板酵素注入剤ヘルニコアが保険収載されましたので、まずこれから紹介します。
1)グルコサミノグリカンを分解するコンドリアーゼ(ヘルニコア)
本製剤は平成30年8月から保険収載されました。グラム陰性桿菌の一種 Proteus vulgaris から分離精製されたもので、椎間板髄核器質の保水成分であるグルコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)を特異的に分解することにより椎間板内圧を下げヘルニア膨隆の縮小を図るものです。昨年から椎間板ヘルニアに臨床応用され、約80%に有効性が認められ、約50%にヘルニア膨隆の低下が見られたという成績が報告されました。
本製剤の作用機序から、椎間板変性が進んでいない軟らかいヘルニアを有する若年者例に適応があり、一方椎間板変性が進んだグルコサミノグリカンが低下している高齢者例には効果が少ないようです。最近の報告例でも狭窄を伴った例や再発例は成績が悪く、また効果の発現はやや遅く1週間以降から次第に改善を認めるようでした。
副作用に注意を払う必要があり、国内臨床試験ではショック、アナフィラキシー(6/229、2.6%)や、椎間板変性の進行に起因する腰椎力学的バランス異常による椎間の異常可動性を伴う腰椎不安定性(2/229、0.9%)が出現する可能性があり、慎重な経過観察が必要であるとされています。またカニクイザルなどを用いた実験で軟骨終板が薄い場合に髄核に接する椎体に骨壊死が見られるという例があり、終板が未熟な若年での使用は好ましくないとされています。アナフィラキシーに関連し生涯に一度しか使用できない製剤です。
当院は入院設備がないため施設要件に合わず臨床使用はできません。
2)ヒトリコンビナントMMP-7(matrix matalloprotinase)
椎間板ヘルニアが硬膜外に大きく脱出すると、炎症を起こす細胞の侵潤が起こり、起炎化学物質が遊離し、血管の新生や椎間板基質を融解する酵素が誘導されヘルニアの退縮が起こります。この酵素MMP-7を創薬し、椎間板内に注入、ヘルニア治療に応用せんとするものです。人の体内で生理的に起こる自然退縮機構に準ずるものとすれば期待できる方法だと思います。アメリカで臨床実験中です。
3)コンドロイチナーゼABC
細菌由来のムコ多糖分解酵素のコンドロイチナーゼABCを用います。本邦における臨床実験は終了しています。
4)多血小板血漿(PRP)
活性化した血小板は多くの成長因子を分泌し組織修復の力を発揮します。血小板成長因子が椎間板細胞を活性化させ椎間板基質代謝を促進することが報告されています。自己血より作成したPRPを椎間板内に注入し椎間板由来の痛みを治療しようというものです。
5)抗サイトカイン療法
ヘルニアなど変性した椎間板内では炎症性サイトカインの発現が上昇して痛みの発現に関与しています。抗サイトカイン薬(TNF-α阻害薬、IL-6阻害薬)を椎間板に内投与したり全身に投与し、有効性が確認されています。